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【文芸部】Vol.4 リレー小説「私の願い」(3)

こんにちは。
文芸部です。夏休み期間に四人の部員でリレー小説を制作しました。良かったら読んでみてください。

(ステラ)
  チクタク、チクタクと響く秒針の音に、勝手に早まる心臓の鼓動。静まり返った面接室で、私の耳に届くのはたったそれだけだった。
 どうしよう。面接は沈黙が一番ダメだ。何か、言わなくちゃいけないのに。あまりの緊張に、全く頭が回らなくなってしまったみたいだ。一次選抜の時には、あんなにも集中できたのに。俯きがちの視界でも、周囲からの刺すような視線はひしと伝わってきた。
「私は......」
 中学三年間、その全てを天志高校のためだけに捧げてきた。でも、それだけじゃダメだった。届かなかった。そう実感させられると、そんな現実から逃げようとするみたいに、気が遠のいていく。
 現実時間ではたったの一瞬、私にとっては永遠にも思える時の中。走馬灯のように浮かんでは消えていく記憶の中に、私は両親の声を聞いた。
 ..................
「お帰りなさい、莉夏。遅くまでお疲れ様」
「ありがとう、お母さん。まだ少し勉強残ってるから、飲み物だけ貰ったらすぐ部屋戻っちゃうけどね」
「根を詰めすぎると良くないわ。数分だけでも、リビングで休んでいきなさい」
 そう促され、正直疲れていたのもあって柔らかいソファに身を沈める。リビングには時間のない朝に代わって、熱心に新聞を読んでいるお父さんもいた。『仕事柄、世間の動きには敏感でいないとな』と、どんなに忙しくてもこの時間は欠かさない。今日は違うが、記事についてお母さんとの熱い議論が始まる時もあり、私はそれを傍で聞くのが好きだった。
「莉夏、最近は特によく頑張ってるな」
「うん。もう天志高校の受験まで、あと半年も無いからね。今が頑張り時なんだ」
 わざわざ新聞から顔を上げてまで、お父さんはそう伝えてくる。それを嬉しくもこそばゆくも思いながら、平静さを崩さないように返事をした。
「そうか...莉夏は努力家だな。本当に、母さんにそっくりだ」
「あら、私にだけじゃないわよ?」
 淹れてくれた三人分のお茶を、リビングに運びつつお母さんはそう微笑む。
「家庭教師の先生がね、この前仰ってたの。莉夏は細かい知識が求められる問題は勿論、深い思考力を要する問題の理解も素晴らしいって。それこそ、考えるの大好きな貴方にそっくりじゃない」
「ははっ、それもそうだな。お互いの一番の強みが、上手く伝わったのか...」
「当たり前でしょう?私達二人の自慢の娘だもの」
 ..................
 違うよ、お父さんお母さん。生まれつき、二人から遺伝してた要素もきっとあるけどね。
 それ以上に私は、二人みたいになりたいって頑張ってきたんだよ。生まれてからの十五年間、ずっと。
 どんな時でも仕事にひたむきな姿も、それなのに家族との時間を大切にしてくれる姿も、親として私を沢山愛してくれる姿も。本当にカッコ良くて、本当に大好きで、私もこうなりたいって心から憧れたの。
 だからこそ、私は......。
「...私の両親は、かつて天志高校で学んでいました。仕事も家庭も、何もかも、全てが完璧な二人の姿を見る内に...私もああなりたいと強く願い、貴校への入学を志すようになりました。
 中学三年間、勉強だけに全力を尽くしてきた私には...美雪さんや愛梨さんのように、語れる実績はありません。それでも、貴校に入学したいという想いの強さだけは...二人にも負けないと、信じています。
 私も天志高校で学び、憧れの両親のようになりたい。そして、三年間の学びを通して...両親のどちらとも違う、自分だけの強みを身に付けられるように成長したい。それが、私の願いです」
 面接の練習では、一度も語ったことのない志望理由。心のままに、その場で紡いだ言葉だ。それでも、驚くほどにスラスラと話せる。ずっと心の奥底で、溜めてきた想いだからだろうか。
 もう、前を向くのも怖くない。身体を狂わせるほどの緊張も、気付かない内に落ち着いて。自分の言葉だけに集中できているのを、強く感じる。
「だから...私を、天志高校に入学させてください!」
 お父さん、お母さん...ありがとう。私、精一杯頑張るからね。そう心の中で誓い、先生や二人の生徒を見据えると...私に注がれる視線は、先ほどまでとは違うものだった。

・・・「私の願い」(4)へ続く

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